【掌編】人さらい
稲垣足穂:安部公房:ねこぢる=4:2:1みたいな雰囲気にしてみたかったんですが、あんま上手くいってない気がそこはかとなくします。
あとまあ書いといて何なんですが、そんなに面白くないです。
その日はテスト週間でした。
僕が国語の課題を解き終わって一息つこうと学習机から顔を上げると、窓の外には雲一つない黒塗りの空が一面に広がっているのでした。
すると僕は急に今日の放課後のことを思い出しました。僕は教室でいつものように本を読んでいて、教卓の前で女子グループが会話をしていたのです。
「夜空に浮かぶお月様は、夜な夜な独りぼっちを拐っていくんだって」
「この前Y子ちゃんが拐われちゃったらしいよ」
「Y子.....? ああ、あの子地味だったもんね〜」
彼女たちの話を要約すると、月が独りぼっちを拐いにやってきて、拐われた独りぼっちは月の海の中で永遠に一人で彷徨うらしいとのことでした。そんな非科学的で馬鹿な話があるものかと鼻で笑ったのですが、Y子が突然いなくなったのは事実でしたので少し怯えてもいました。
そしてその恐怖が夜の闇によって増幅されてしまった様なのです。
「でも今日は月が出ていないから大丈夫だ」僕は自分に言い聞かせるように呟きました。しかし恐怖心は一向に収まる気配がありませんでした。
そして僕は思い出したのです。昨日は確か大きな丸い月が出ていたはずでした。だから今日月が出ていないのはあり得ないのです。それに気づいた途端、窓から見える景色がぐにゃりと歪み、気がつくと目の前には大きなお月様が立っていました。
「さあ行こう」お月様はそう言って、僕の腕を強く引っ張りました。
「痛い、痛いよ」僕は叫びました。
まるで抵抗する僕の声が聞こえないかのように、お月様は腕を引っ張る強さをどんどん増していきました。このままでは拐われてしまう、そう思った僕は机に必死にしがみつきました。しかしお月様に掴まれた腕はピクリとも動きません。僕はどうしようもない力の差を感じて思わず泣きそうになりました。するとお月様はそんな僕を見て微笑みながら言いました。
「泣かないで、一緒に散歩しに行くだけさ」
「嘘だ! お前は人さらいだろう」
お月様は少し考えてから「そうさ」と頷きました。
「君みたいに透明な子を拐ってしまうのさ」
「僕は、透明なの?」
「そうさ。君みたいに誰とも仲良くせずにただ日々を消化している人間は透明になっていくんだ。そして、完全に透明になった人間は社会から排除されるんだよ」
「そして月の海の中で永遠の孤独に彷徨う」僕は教室で聞いた言葉をそのまま言いました。
「よく知っているね!」お月様は大変驚いたようで、僕を引っ張る力が幾分か弱くなりました。僕は今がチャンスだと思い、強気に出ることにしました。
「僕は透明なんかじゃない。だから行かない」
「じゃあその足は何かな?」
見れば僕の足先が徐々に透明になっているではありませんか! さっきまでの強気が嘘のようにシュルシュルと萎んでしまいました。
「さあ、これでおわかりいただけたかな」
そう言い終わるやいなや、お月様は僕をヒョイと持ち上げ、がっちりと抱きかかえてしまいました。そして天高く飛び立ったのです。対流圏を越えて成層圏、その上の熱圏、更にその上の――。
「安心して、透明になるのは君だけじゃない。自殺とか殺人とか、そういった話題が耳目を集めているだけで、毎日何十何百という人間が透明になっているよ。そして僕を恐れる人たちも、身を寄せあって興味もないはずの話に熱中して孤独を忘れているだけなんだ。彼らも心の中に月を飼っていて、夜な夜な月の海に溺れているのさ」
その時、僕は不意にお月様の首筋に何か紐のようなものが付いているのを見つけたのです。そして恐る恐る手を伸ばして引き抜きました。それは差し込みプラグでした。
プラグを抜かれたお月様は光を失い、真っ逆さまに地球に落ちて来て、粉々に砕けてしまいました。ああ、これで透明な子供たちは救われるんだと僕は安堵し、布団へと向かいました。まだ夜中の一時だったのに、既に空は白んでいました。
それがこの事件の全てです。お月様の死を境に世界は変わってしまいました。
この世界には明日はもう二度と来ません。太陽の対極を失った僕たちは、夜だけでなく昼も失ってしまったのです。ただひたすらに薄暗い風景が辺り一面に広がっています。お月様を殺した犯人探しも躍起になって行われているようです。幸い僕は犯人だと疑われていませんが、隣の家のI君が連れて行かれてしまいました。どうやら透明な存在の疑いのある人間が続々と連行されているようです。
心なしかみんな前よりピリピリとしています。僕が行ったことは果たして正しかったのでしょうか? 僕が目指したのは誰も不幸にならない世の中だったはずなのですが......。