死と超越

所見・偏見・エトセトラ

新年明けましておめでたいかどうかは年が終わらなきゃわからねえだろうが!

新年明けましておめでたいともなんとも思わなくなってしまった可哀想な腐れ大学生浪人生社会人フリーターニート士淑女専業主婦専業主夫じじいばばあ諸君、泣く子も黙る2020年だ。かく言う僕も気づいたら新年に対する高揚感も消え去り、去年なんかはNETFLIXでアニメ一気見してたら年を越してしまうという、なんとも悲しいクソ陰キャ年越しをしてしまった。一方その頃旧友達は近所の神社で仲良く年を越したという。

 

今年こそは良い年越しをしたいものだ。そう今年こそは旧友達と近所の神社で仲良く年を越すべきなのだ、寒さに負けなければ。そう決心した矢先に飛び込んできたのがこれだ。

 

もちろん行くに決まっている。そう決めてしまったので残念ながら旧友達と近所の神社で仲良く年を越すわけにはいかない。

 

参加者は僕の他にエサカさんとモザイクさんとオオイシさんがいた。

この日は大変風が強く、大学で年越しをする前に、僕らは一旦新栄ハイツ103という建物に避難し暖を取った。そのとき僕は課題をこなしながら映画を見ながらモザイクさんの話を聞きながらエサカさんをチラチラ見ていたのでどれもちゃんとできなかった。これは大いに反省すべき点だと考える。

 

その後大学に赴き年越し準備をした。ここで僕はオオイシさんに出会った。

実は僕はオオイシさんが運営するとあるサークルの幽霊部員である。まさかこんなところで再び出会うことになるとは誰が考えるだろう。僕はそのサークルの現状を聞き、次回以降はちゃんと参加しようと思ったものだ。だが参加しようと思ったのはそれだけでなく、オオイシさんが人間として非常に魅力的だったからである。

 

オオイシさんは大変美形で、かつ人にたかるのが上手い。こんなにたかっといて嫌味がない人というのもなかなか稀である。しかしオオイシさんはそれでもたまに怒られるのだという。いつもはどれほど人にたかっているのか気になるところである(大きなお世話だ)。さらにオオイシさんはモザイクさんを「お嬢さん」と呼ぶ。それは普通ならばなんだかオカシイのだが、オオイシさんが言うとそのオカシさが感じられず、むしろ自然に感じられるので大変不思議である。

 

まあこうして人についていくのも悪くないが、それが成立するためには僕も相手にとって魅力的な人間になる必要がある。僕はそれを弛まず希求していかなければならない。そんなことを僕は彼らと話しながら思っていた。

 

 

時計の針も零時を回り、2020年が始まった。

僕らは大学から撤収し、どこからか聞こえる除夜の鐘を探しに大学近辺の神社仏閣へと向かった。

 

京都大学のすぐ横に吉田神社があるというのは有名だが、実は名古屋大学の近くにも神社や仏閣はある。三つくらい回ったのだが、どれも全く異なる印象で大変楽しかった。

 

ひとつは大学に一番近い神社。これはまったく人がいなかった。大晦日~元旦には、神社は御神酒を振る舞ったりするものだとばかり思っていたので、これは大変意外だった。エサカさんはこの事実に対して「町内会やそれに準ずる組織がないからだ」という仮説を立てた。僕はこの仮説を支持したい。なぜなら名古屋大学周辺は金持ちが多数生息しており、彼らは排他的なコミュニティを形成しているからである。そんな彼らが祭り等という催しを開いて一般市民に酒を振る舞うだろうか。掲示板に高い会費のワインソムリエの会のチラシが貼られているような街である。

 

二つ目、大仏がある寺。これはそれなりに人がいた。除夜の鐘の音はここから響いていることもわかった。この寺の建物はなかなかに独特の形状をしていて、大変不思議である。寺といえばわりかし地味な印象を受けるが、ここは平安京のような雰囲気を感じる。早い話が中国文化の影響を感じざるを得ない。カラフルなのだ。

建物も無骨な印象がなく、丸みを帯びた形状をしており大変面白い。あまりに面白いので新年を迎えたのにもかかわらず除夜の鐘を突いてしまった。楽しかった。そして僕はこの年になるまで除夜の鐘を突いたことがないことに気づいた。こんなに楽しいならもっと早くに突いてしまえば良かった、しまったものだなあ。しかしこんなに楽しい新年というのは初めてのような気がした。除夜の鐘を突き笑う、こんな夜を僕は齢二十にして初めて経験したのだった。

 

三つ目、今度も神社。しかし前とは異なり人がたくさんいて、屋台もたくさん開いていた。まさに僕が想像する新年の神社である。神社仏閣をめぐるたびにどんどん人の数が増加して、それに伴い僕らの気持ちも高揚していた。もしこのときの気持ちを座標に表したら、それは綺麗な指数関数を描いていただろう。

僕らが参拝し終えると、あれだけ長かった人の列はゼロに収束していた。時計を見ると既に丑三つ時であり、人が減り始めるのも当然のことだと納得したものだ。

しかし、我々は人が減っても人がいるようなところに行かなければならない。なぜなら夜は始まったばかりだからである。

 

こうして我々は大須観音にたどり着いた。貴方は普段の大須の様子はご存じだろうか。僕は大変ご存じである。大変ご存じなのでお教えすると、それなりに栄えた商店街である。タピオカからドローン、ゴスロリファッションまで何でもござれのサブカル御用達の街なのであるが、この夜はいささか様子が異なっていた。当然であるが、まず全ての商店は閉まっている。そして出店が大須観音を中心に開かれていた。普段栄えている商店街が閉まっていて、普段閑散としている大須観音が賑わっているというのはなんともあべこべで楽しい気分にさせられる。これ以上楽しくなると地に足着かず浮いてしまいそうである。そして大須観音といえば鳩が大量にいるのだが、この日鳩はほとんどおらず、かわりにウェイがたくさんいた。そう、この日の大須はなかなか治安が悪かった。そういえば来るまでにたくさんのパトカーの群れを見なかったと言えば嘘になる。鳩たちは屋根の上からそんな我々を見下ろしていた。神の使いと言われたら信じてしまいそうな雰囲気だった。途中一万円札が落ちていたので、拾ってネコババしようとするとそれはおもちゃの一万円札だった。門の影にくしゃっと放置してあったのでいかにもそれらしい。僕らはそれを「煩悩チェッカー」と呼んだ。これに引っかかった者は2019年をやり直さねばならない。面白いので「煩悩チェッカー」は元の場所に戻しておいた。

その後熱田神宮にも行ったが、大きくて人がたくさんいるなあという気持ちにさせられた。そう人が多すぎて大分感覚がマヒしているのだ。もう語彙がない。このとき既に4時を回っており、眠すぎてあまり覚えていないのもある。途中エサカさんとオオイシさんとはぐれて、モザイクさんと道に落ちているゴミに対して文句を言ったものだ。ゴミをゴミ箱に捨てず、神社仏閣に投棄する人間は二度と来るなという点で僕ら二人の意見は一致した。おそらく全ての人間はこれに同意するだろう。同意しない者は人間ではないのでその場で切り捨てても罪に問われない。しかし、同意するのと実行に移すのは別だと考える人間が多いのもまた事実である。つまり多くの人間にとって善と快は別なんだね。この場合善は公衆道徳と読み替えることもできるし、その方がわかりやすいだろう。僕はこれ以上の説明を放棄することにした。

 

その後僕をエサカさんが送るついでに初日の出を見ることになった。しかも半島の先の方の海辺でだ。自らわざわざ海辺に打ち出でて初日の出を見ようと思う人間は、海辺の街に住む者以外稀であると僕は考える。なかなかに貴重な体験をしたものだ。さっきまでまっくらだった空の縁が次第に赤らんで、東の空から刺す光が世界を一変、昼の世界に変えてしまうのだった。

なぜか朝陽がいつもよりもまぶしくて、しかも世界が一変するような朝陽は初めてで、これは不思議だと思った。推測するに、普段は排気ガスによって光が散乱しているからこんなにも急に空が明るくなることはないし、太陽ももっと赤くてまぶしくない。しかしこの海辺の街では排気ガスもちりも少ないから、こんなにも美しくまぶしい日の出が見られるのだ。僕は大変感心した。僕らと同じようにわざわざ海辺に出てきて初日の出を見る人たちがいたが、彼らの気持ちがわかるような気がしないでもない。

 

 

その後、僕は家路についた。その後の彼らの動向は知らないが、きっと三人仲良くそれぞれの家路についたのだろう。それにしても映画「夜は短し歩けよ乙女」を想起させるような長くて楽しい一日だった。

大学生になってから暗黒の2年間を過ごしてきたが、今年こそ良い一年にしようと固く決意するものだ。